中学理科における思考力の育成に関する研究
−定型文を使った実験レポート指導−

斉藤 篤

1 はじめに

中学の科学的思考の把握について、定型文を使った実験レポートの書き方の指導を実践を通して研究した。
昨年度までの取り組みの中で、?教科書にたよりすぎる、?根拠が不明確な思いこみがある、?記述内容があいまいなときには生徒から話を聞く必要がある、?実験の誤差の考え方を指導する必要がある、という4点が見られた1)。
そこで本年度は、始めて定型文を取り組む上での諸問題を中心に、読む人に分かるような実験レポートを書くことを目標とした。読んで分かるようにまとめるためには、なんとなく分かっていることを整理することが必要であり、思考が深まると考えたからである。

2 研究方法

実践の対象は、中学3年生とした。教師も生徒も定型文を使った実験レポートの作成経験はなく、1・2年のときは、プリントを中心とした穴埋め式のワークシートを中心に授業や実験を行っていた。

[実践1]化学電池の実験

まず、結果と考察が区別できることを目標に、レポートを書かせるにあたり、次の資料を使って結果と考察のレポートの書き方について指導を行った。
実験レポートの書き方について

? 実験結果は、図や表をなるべく使って見やすくまとめること
? 実験結果からわかることをもとにして考察をまとめること
  例:「〜(結果)から、こう考える」
    「結果のグラフより、AとBは比例関係がある」
    「○○の結果から、○○は○○であると考える」

「水溶液の違いによる電池の確認」の実験では、電子オルゴールに銅とマグネシウムの電極を接続し、家から持ってきたいろいろな溶液に浸けて電流が取り出せることを調べさせた。
結果:
物質の名前 電子オルゴールの鳴り方
塩酸 ○ いい音で鳴った
アクエリアス ○ いい音で鳴った
バニラエッセンス × 鳴らなかった
緑茶 ○ へんな音で鳴った

考察:

実験結果から、電池ができる溶液は電解質水溶液と考えられる。

この生徒のレポートでは、考察と結果を区別し、表を使って、実験結果を見やすくまとめることができた。しかし、考察の部分では、結論を書くことができたものの、その根拠が書けなかった。また、実験の目的の設定があいまいで、それに対応した形でどう考察を書けばよいかが不明確になってしまった。

定型文を使う場合には、目的→操作→結果→考察の流れを充分に検討し、目的に沿った形で考察ができるような実験教材選定し、指導の流れを吟味する必要がわかった。

[実践2]中和の実験

昨年度紀要より、実験レポートの目的や操作、結果、考察に書くべき内容として以下のように考えた2)。
目的とは:考察すべき事柄
操作とは:実際に行った手順
結果とは:観察した事実
考察とは:自分で考えた意見(結論)とその根拠
考察の根拠が書けることを目標に、いろいろな濃度の塩酸を中性にするときに必要な水酸化ナトリウム水溶液の体積の関係を簡易ビュレット3)を使って定量的に実験で調べさせた。
結果:
塩酸の濃さと体積 中性にするときに必要な水酸化ナトリウムの体積
そのままの濃さ 2 cm3 ( 2.0 ) cm3
2分の1の濃さ 2 cm3 ( 1.0 ) cm3
4分の1の濃さ 2 cm3 ( 0.5 ) cm3

考察:

この実験から、塩酸の体積が同じときは濃度が2分の1・4分の1と薄くなると、中性にするときに必要な水酸化ナトリウム水溶液の体積は、( <結論> )ことがわかる。その理由は、( <根拠> )である。

<生徒の考察記入例>

△定性的で実験操作を根拠としているが、意味が不明確

この実験結果から、塩酸の体積が同じときは濃度が2分の1・4分の1と薄くなると、中性にするときに必要な水酸化ナトリウム水溶液の体積は、どんどん少なくなると考えた。
その理由は、塩酸の濃さが減っていくからである。

△定性的であるが、イオンを考えて根拠としている

この実験結果から、塩酸の体積が同じときは濃度が2分の1・4分の1と薄くなると、中性にするときに必要な水酸化ナトリウム水溶液の体積は、減っていると考えた。
その理由は、塩酸内の酸性イオンが水に薄めることによって減ったので、水酸化ナトリウム内の水酸化物イオンが少なくてすむからである。

○定量的にイオンを考慮して根拠としている

この実験結果から、塩酸の体積が同じときは濃度が2分の1・4分の1と薄くなると、中性にするときに必要な水酸化ナトリウム水溶液の体積は、2分の1、4分の1と少なくなると考えた。
その理由は、塩酸の濃度が2分の1、4分の1となると、塩酸にふくまれるH+の数も2分の1、4分の1になるので、中性にするには、水酸化ナトリウム水溶液にふくまれるOH−も2分の1、4分の1となるからである。

◎定量的で、イオンを使って論理的に説明できている

この実験結果から、塩酸の体積が同じときは濃度が2分の1・4分の1と薄くなると、中性にするときに必要な水酸化ナトリウム水溶液の体積は、2分の1、4分の1と減っていくと考えた。
その理由は、濃度を2分の1にすると水素イオンは水中に散らばるため、もとの濃度で同じ体積の塩酸にふくまれる量の2分の1になる。水酸化物イオンと水素イオンは同量で中性になるのだから、水素イオンの量が2分の1になればそれに比例して水酸化物イオンも2分の1に減らさなければ中性にならないことになる。よって水酸化ナトリウム水溶液の体積は2分の1となる。4分の1の濃度の場合も同じである。

◎薄めるときの操作を根拠として定量的に説明している

この実験結果から、塩酸の体積が同じときは濃度が2分の1・4分の1と薄くなると、中性にするときに必要な水酸化ナトリウム水溶液の体積は、2分の1、4分の1と量も減る考えた。
その理由は、元の2cm3の水酸化ナトリウム水溶液に4個の水素イオンがあったとすると、2分の1の濃さ(水1cm3、塩酸1cm3)だと2個の水素イオンになる。4分の1の濃さ(水1.5cm3、塩酸0.5cm3)だと1個の水素イオンになる。よって、塩酸と水酸化ナトリウムを混ぜて中性にするには、(もとの)塩酸の量と水酸化ナトリウムの量は、ほぼ同じ量が必要である。

◎定量的で、イオンを使って論理的に説明できているが体積の説明が不十分

この実験結果から、塩酸の体積が同じときは濃度が2分の1・4分の1と薄くなると、中性にするときに必要な水酸化ナトリウム水溶液の体積は、だいたい2分の1、4分の1と少なくなると考えた。
その理由は、塩酸の濃度が2分の1になると、(同じ体積中に)入っている水素イオンの数もだいたい2分の1になるので、中和に必要な水酸化物イオンの数もだいたい2分の1になるからだと思う。
多くの生徒が、すでに学習したイオンや中和のしくみを使って教科書に頼らないで自分のことばで説明できたことは、定型文の成果であると考えられる。こうして、結論と根拠を区別して考察を書かせることにより、イオンのように見えないものを、モデルを使って論理的に思考し、さらに、自分の考えを整理して文章で表現することで、思考が深まったと考えられる。
しかし、イオンの数を比較するときに、定性的な説明にとどまったり、濃度だけを説明して体積を無視して書いている生徒が多く、「読む人にとってわかるような実験レポート」という点では、説明が不十分であるものもあった。

[実践3]川原の火成岩を調べよう

観察を主体にした実験レポートの指導を行うために、学校の近くの川原で拾った岩石(火成岩)を観察し、岩石の名前を同定する学習を行った。標本や写真と比べるだけでなく、観察のポイントを指示することで、岩石のつくりや成分を詳細に調べさせ、それを根拠に考察できるようにした。
<生徒の考察の記入例>

◎観察した組織と成分の両方を根拠としている

Aの火成岩は、花こう岩と考えられる。理由は、花こう岩の特徴である大きな粒が組み合わさっていて石基の部分がない等粒状組織で、セキエイ、チョウ石、ウンモ、カクセン石などの鉱物がふくまれているから。

◎観察した組織・成分と文献を根拠としている

Aの火成岩は、花こう岩と考えられる。理由は、等粒状で、教科書のP83を見ると花こう岩に入っている鉱物が見えたから。

○観察した成分を根拠としている

Aの火成岩は、花こう岩と考えられる。理由は、Aは火成岩と見られるが、黒く薄くはがれるウンモが見つかったため、Aの火成岩は花こう岩とみられる。

○観察した成分を根拠としている

Aの火成岩は、花こう岩と考えられる。理由は、花こう岩のふくむセキエイ、チョウ石、ウンモ、カクセン石をふくんでいるから花こう岩と考えられる。

◎観察した組織と成分を根拠としている

Aの火成岩は、花こう岩と考えられる。理由は、Aの岩石の鉱物がセキエイとチョウ石、ウンモだからである。そして、一つひとつ大きいのや小さいのがあるから、Aは深成岩ということもわかった。

◎観察した組織と成分を根拠としている

Aの火成岩は、花こう岩と考えられる。理由は、深成岩に見られる等粒状組織があり、さらに、花こう岩に見られるウンモが多く発見できる。
実験レポートの提出者数(114人)
観察した組織・成分と引用文献を根拠としている生徒・・ 4人
観察した組織と成分の両方を根拠としている生徒・・・・35人
観察した組織か成分の一方だけを根拠としている生徒・・56人
観察した色などを根拠としているもの・・・・・・・・・16人
その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3人
実験レポートから考えると、観察した組織や鉱物を根拠に岩石の名前を同定していた生徒は95人(83%)になり、ほとんどの生徒が何らかの根拠を示すことができた。また、レポートに引用文献を書いている生徒は4人しかいないが、教科書やプリント・資料集などを見ながらレポートを書く生徒が多いことから書き方の指導をすれば、さらに論理的な表現ができるようになると思われる。

3 実践のまとめ

実験レポートで考察を書かせる上で、定型文を用いたことによって生徒が「何を書けばいいの」と質問する場面が少なくなり、生徒は迷うことなく結論や根拠を中心に思考するようになった。実践3でほとんどの生徒がなんらかの根拠を示せたことは、少しずつ「読む人にわかりやすい実験レポート」に近づいてきていると考えられる。
しかし、文章力の不足から用語の使い方を間違えていたり、言葉が省略されていることもあった。このような場合でも、生徒に聞くと理解されている場合が多いことがわかった。繰り返しレポートを書く中で、励ましながら指導することが必要である。
これらの実験レポートを書かせるときに、実験グループの中で自然に討論や意見交換が見られた。互いに話をする中で、自分の考えを整理し、それを文章として考察に表現しているのである。その意味では、実験の作業だけでなく、考察を書かせる時間も確保してあげる必要がある。
これまでの研究で、考察を書かせる上で、実験教材の内容が大きく関わっていることが分かっている2)。実践3のように未知の資料を探り当てる形式の実験教材は謎解きの要素が含まれているが、こうした教材であれば生徒も興味・関心を持ちやすく、未知の物質が何であるかを主張し相手を説得するために討論が成り立ちやすいと思われた。今回は、さらに、実践2の中和のように定量的な実験から、目に見えないイオンのイメージを膨らませ、互いに意見を交換する中でイオンの概念を深めるような場面も見られた。
実験教材の選定だけでなく、目的や操作・結果・考察の流れが重要であることも分かってきた。実践1の場合は、実験結果から演繹的に法則性を見いださせようと意図したが、目的が曖昧で、生徒が「何を考察したら良いか」がわからず、根拠も書けなかった。実験を組む場合、目的が、考察させるべき事柄と一致し、実験操作が目的に充分にあっているものかどうかを充分に吟味する必要があることがわかった。
このほかの課題については、次の通りである。

○教科書に頼りすぎること

わからないときには、教科書や資料を参考にするが、考察の根拠の部分では、実験班 の生徒と話しながら自分達の言葉で書こうと努力していた。

○根拠が不明確な思いこみがあること

語彙の誤解はあったが、本年度の研究では、特に目立ったことは見られなかった。

○実験の意味や誤差の考え方を指導する必要があること

本年度は、誤差に関して、特別な指導はしなかった。実践2の中和では、操作上の問 題で数字が大きくずれたため、定量的な考察ができなかった生徒もいた。今回は、個別 実験をするなかで、他の生徒とデーターを比較しながら考察をまとめたので、結論や根 拠を考える上では影響が少なかった。

4 終わりに

これまで知識・理解中心のプリントをつかった授業を中心に行っていたが、定型文を使った実験ポートの指導をすることで、思考を重視した授業への転換を進めることができた。生徒が自分の文章で考察を書くことによって思考力をつけるとともに、科学の世界の概念が形成され、次の新たな課題にチャレンジする力になると考えられる。

1)小森谷順一、実験の考察から生徒の思考力を把握する、化学実験研究プロジェクト(1999)「中等科学教育における実験と論理的な思 考力の育成との関連に関わる調査研究」中間報告、文部省科学研究費 基礎研究B 課題番号09480045、p86-93
2)松原静夫、論的思考力育成の意義、化学実験研究プロジェクト(1999)「中等科学教育における実験と論理的な思考力の育成との関連 に関わる調査研究」中間報告、文部省科学研究費 基礎研究B 課題番号09480045、p2-5
3)斉藤篤、1995、探求活動を重視した個別選択実験、神奈川県立教育センター「平成4年度研究集録 第12集」、p103-106


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